わたしは分断を許さない

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本作を観る前は、
分断を許さないというのは、
格差や差別を許さない、
あるいは、
それに繋がる偏った考え方などを許さない、
そんな内容だろうと予想していた。

少し違った。

【大きい主語ではなく、小さい主語を使わなければ、真実は見えない】と監督の堀氏。

大きい主語ではなく、
小さい主語は、
小さい涙にピントも絞りも集約されていた。

国境も思想も年齢も性別も超えた小さい涙、
その小さい涙を目前にして、
分断してる場合ではないでしょと言われてるような気がした。

それをカメラに収めて、
集客してスクリーンで拡散する。

ほぼ満席の客席に確かに小さい涙の意味は拡散されていたように感じた。

まとめると、
小さい主語の主役は人間、
目的語も人間。

基地、原発、紛争その他の専門家、政治家は人間を見てますか?

人間の人間による人間の為の、
気持ちを寄せない、共感を裂くような
分断は許さない、という映画だった。

こういうと主語が大きくなるので、
主語は小さく、小さい涙に気持ちを寄せよう、かな。

う〜まとまらない、、、(−_−;)



 
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