見えないほどの遠くの空を

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結論から言うと傑作だ。
傑作とはどういう事なのか?

僕たちの子供の子供、孫の孫の世代に
ごめん、プルトニウムも残ってるけど、こんな映画も残してるよって言える作品ということだ。

「ここはクソだ、ここは腐ってる、こんなところはぶっ壊してさっさとどこかに行っちまおうって、そう思ってた」
というセリフから始まる本作。

思い出したのは10代後半、
喫茶店の有線から流れてきた♪ど~ぶね~ずみみたいに~美しくなりたい・・・♪
ビビビと打たれた懐かしい感覚を蘇らせてくれたと同時に、
今ここにある危機に必要な処方箋だという事も想起させてくれた。

★懐かしい感覚の方から書くと
共通して言えるのは楽しく音楽を聞かせる、映画を見せる。
楽しませながら、観客にとって、血となり、肉になる事を表現する。

何も伝えない映画でも傑作と言われる作品は星のようにある、もちろんOK。
伝えたい事ばかりで退屈な作品も山のようにある、これはNGにしておこう。

その中で本作はハードルの高い事を敢えて選択し、全うしている。
楽しませ、栄養剤を与え、地図を渡す。
技術的にも素晴らしい。
撮影や照明等のテクニカルな事をベースに
<観客をどうやって楽しませるか>ということが技術である、
という当たり前の事も再認識させてくれる。

★そして現在の処方箋の方はこんな感じ

いきなり脱線、
現在日本で起こっている状況は、
今後のこの国の在り方を左右しかねない深刻な状況というのは
誰もが考えている事だろう。

原発の存廃もヒステリックに危険危険というだけではなく
その判断材料を全部テーブルに乗せれば判断すべき方向は明らかである。
電力事情、危険性、歴史のある町が死滅してしまう可能性、
犠牲者のひとりひとりの重み、
そして孫の孫のそのまた孫の世代まで影響が出てしまうという、
まさに見えないほどの遠くの空まで思いを馳せて決断しなければならない。
そして決断するのは政治家でもなく電力会社でもなく、僕たち自身だという事だ。

更に、自粛問題に関しても覚悟を持って自粛するという事に文句は言えないし
同じく覚悟を持って祝祭をするという事に批判は無用だ。

いずれにしても必要なのは、依然として安否不明の方々や
7割の児童が行方不明の小学校等、そんな現実を直視しないといけないという事、
つまりそれぞれの立場に立って考えるというあたりまえの事が重要という事ではないか。

僕たちの周りでもこんな時こそ映画や音楽が必要だという人もいるが、
あらゆる人にとって生きることの優先順位は命、食、衣、住、安全・・・だろう。
この優先順位に<心>というのが、どこに入ってくるのかは人それぞれであり
また心に影響する映画や音楽も、時間、場所、状況、精神状態で千差万別であろう。

大事なのは、思いやるという単純で原始的で普遍的で永遠の行為である。

脱線から戻して
懐かしさも混じる問題提起という大きな風呂敷を具体的な処方箋で見事に閉じている本作、
そして上記のような事まで書きたくなる(苦笑)映画は必見である。

今夏、ヒューマントラストシネマ渋谷で公開だそうだ。
榎本憲男 脚本・監督

そして、本日は都知事選、見えないほどの遠くの空まで思いを馳せて、とりあえずは投票するお。



 
この記事へのコメント
一映画ファンです。こちらの記事で知って以来、ずっと機会を待っていたら、日本映画チャンネルでやっと観られました。書いておられたとおりの映画でした。
未来にロクな環境を残せなかった世代として、申訳なく思っている一人ですが、この監督さんの次の作品を待っています。
この映画をこちらで紹介して下さって、本当にありがとうございました。ここで知らなかったら、観ることはなかったと思います。
Posted by ムーマ at 2012年10月20日 11:55
ムーマさん、コメントありがとうございます。
Posted by ogawa-Pogawa-P at 2012年11月06日 22:12
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