仁左衛門さんは凄すぎる、通し狂言『仮名手本忠臣蔵』
12年ぶりとなる歌舞伎座での昼夜通し公演、
「通し狂言仮名手本忠臣蔵」は、予想を超える深い感動と驚きに満ちた演目だった。
この公演の最大の魅力は、
ただ単に大作を一日がかりで上演するというスケールの大きさだけではない。
むしろ、
それを支える演出や演技の緻密さ、
そして歴史的背景が織り成す巧妙な融合にある。
「時は元禄14年・・・」ではなく、
あえて室町時代を舞台にした理由。
それは、
江戸幕府が厳しく規制を敷いていた背景にある。
幕府は、実際の歴史や実話を題材にした劇作を禁じており、
観客に現実の政治的状況を連想させるような演目が演じられることを忌避した。
こうした政治的抑圧を背景に「仮名手本忠臣蔵」は南北朝時代をベースにした物語に巧妙にアレンジされ、登場人物の名前や背景が異なるものに置き換えられた。
南北朝時代といえば、
「太平記」(大河ドラマの足利尊氏は真田広之、
後醍醐天皇は本作の大星役(大石内蔵助)の片岡仁左衛門)にみられるように、
日本でも王朝が南北に分裂したスリリングな時代、
エンターテインメントの題材としてはもってこいの時代だ。
その巧妙さが、
この作品に一層の深みを与えている。
具体例のほんの一部を挙げると、
冒頭の緑柿黒色の定式幕がゆっくりと開くシーン、
人形浄瑠璃の人形のように、
演者一人一人に魂がしっかりと入れられ、その厳かな雰囲気が観客を引き込む。
「役者が違う」という意味を強く感じられた。
演出面でも、どんでん返しの仕掛けや舞台装置の巧妙さが光っていた。
たとえば、大詰めの段階で見せる舞台装置の変化や、
場面転換の仕掛けが、物語に対する観客の感情をさらに引き寄せる効果をもたらした。
また、舞台装置の変化に合わせて、登場人物の内面的な変化が見事に表現され、
演出が物語の進行に合わせて巧妙に工夫されていることが分かる。
全11段からなる本作は、大序や六つの段に加え、スピンオフ的な道行きのシーンも挿入されており、その豊かなストーリー構成、
特にスピンオフ的要素である道行の段での舞も素晴らしい。
欲を言えば、
荻生徂徠の四十七士への提案、
打首ではなく、
世間が求めた無罪でもなく、
武士としての敬意を含めた罰、
なおかつ、
幕府の面目も立つ提案、
その他、
政治的提言や思想が登場する場面も見たかった。
徂徠は、幕府の専制に対して時には批判的な立場をとり、
その立場から人々の倫理や道徳、社会構造に深い洞察を加え、
武家諸法度の改定なども提案したそうだ。
そんな事は置いておいて、
本作は単なるエンターテイメントにとどまらず、
観客に深い思索を促す虚実が入り混じる、
ドラマティックな大歌舞伎だった。